【後編:鹿児島大学 隅田泰生 先生監修】 辛くない感染症検査を実現!さらに高感度に検出するための技術

前回の記事では、身近なイムノクロマト法の
迅速診断キットと、PCR法での検査の違いについて
解説しました。

しかし、同じ「PCR法の検査」であっても
前処理方法等で結果が変わることがあります。

今回は微量なウイルスを今回は微量なウイルスをより効率的に検出し、
検査の偽陽性や偽陰性を軽減できる最新技術についてお話します。

もくじ

糖鎖ナノテクノロジーによる希薄ウイルスの濃縮方法とPCR検査法

    • ウイルスを集めてくる技術を開発
    • ウイルスを濃縮することで感度が上がる
    • 研究結果のご紹介
    • 壊れたウイルスには結合せず、感染性のあるウイルスを検出

新型コロナウイルス感染患者のフォローアップ実験と結果

    • 臨床症状と検査データの不一致
    • 唾液中の新型コロナ遺伝子(RNA)量と病態

まとめ

糖鎖ナノテクノロジーによる希薄ウイルスの濃縮方法とPCR検査法

ウイルスを集めてくる技術を開発

糖鎖は生体内で多彩な機能を示し、
生命現象に不可欠な役割を持ちます。

一方で、細胞表層の糖鎖はウイルスでは
レセプターとして利用され、その感染を
仲介します。

鹿児島大学 隅田研究室では、
まず糖鎖を金などの金属に効率よく
固定化する方法を発明しました。
その固定化法を用いて、糖鎖を固定化した
バイオデバイス「シュガーチップ」と
「糖鎖固定化金ナノ粒子(SGNP)」を
開発しました。

このシュガーチップを用いて、ある糖鎖が
242株の培養インフルエンザウイルス
すべてに結合することを発見しました。

そして、その糖鎖を固定化したナノ粒子を
調製し、インフルエンザウイルスと混合
したところ、ナノ粒子がウイルスに結合して
重くなったため、ウイルス分離に一般的に
使用される超遠心分離ではなく、
低速遠心分離の操作によって
ウイルスを分離・濃縮でき、RT-PCRの
検出感度を1000倍に上げることができました。

さらにナノ粒子に磁性成分を加えることで、
分離・濃縮操作時間を20分の1程度まで
短縮できる技術を確立し、
糖鎖金ナノ粒子法(SGNP法)
と名付けました。

【参考】株式会社スディックスバイオテック 技術紹介
https://www.sudxbiotec.jp/technology/

ウイルスを濃縮することで感度が上がる

SGNP法を検査の前処置に用いることで、
検体中のウイルスを濃縮することができ
一般のPCRでは
検出できない極低濃度のウイルスも、
検出可能となりました。

この特徴を活かし、
インフルエンザ検査の問題の一つである
侵襲性の高い(痛い)鼻腔拭い液ではなく、
被験者に苦痛を与えることなく検体を
採取できる唾液を用いて高感度検査が
できるようになりました。

研究結果のご紹介

ここで当研究室と医療機関との共同研究の
結果をご紹介します。
(先進医療A 「「糖鎖ナノテクノロジーを用いた高感度ウイルス検査」」より)

対象者は、発熱等のインフルエンザ様症状を
呈してから24時間以内の通院患者で、
鼻腔拭い液を採取して迅速診断キット(簡易キット)
イムノクロマト法 で検査して陰性と判定された患者です。

これらの患者に対して
唾液を採取してSGNP法で検査したところ、
約1/3の患者でインフルエンザウイルスが検出され、
検査診断法として有用であることが解りました。

そこで、さらに細胞培養法(ウイルス分離法)との
一致率について追加検討を実施しました。

SGNP法を用いて、463人の患者の唾液を調べ、
同患者の鼻汁を用いた細胞培養法(ウイルス分離法)と
比較したところ、精度(陽性一致率)、
特異度(陰性一致率)、全体一致率
すべてで、90%以上の一致率が認められました。

壊れたウイルスには結合せず、感染性のあるウイルスを検出

SGNP法の利点は、感度向上だけではありません。

SGNP法はウイルスが感染する際の
ウイルス粒子状のスパイク蛋白質と
感染される細胞の表層の糖鎖との
結合相互作用に基づいています。

つまり、SGNP法で検出できるウイルスは、
中にウイルス遺伝子を含んでいて、
かつスパイク蛋白質を表面に持つ
粒子形を保っている、
感染性がある成熟したウイルスということです。

この写真はウイルスを電子顕微鏡で
撮影したものです。

図の左の写真のように、
ウイルス粒子にはSGNPは結合しますが、
図の右のようにウイルスを超音波で破砕すると、
ウイルス粒子がなくなり、SGNPは結合できません。

この特徴は後述のように、擬陽性のない
遺伝子診断法として利用されます。

新型コロナウイルス感染患者のフォローアップ実験と結果

SGNP法は、2020年からの
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)
の検査にも応用しており、
体外診断用医薬品(SGNP nCoV PCR検出キット)
およびインフルエンザと同時検査可能な
体外診断用医薬品(SGNP nCoV/Flu PCR検出キット)
として販売されています。

これら試薬を用いて2021年に行った
新型コロナで入院された患者の
唾液を用いたフォローアップ実験の結果をご紹介します。
本検討では一般的なRNA抽出法(以下:通常法)
との比較をおこないました。

臨床症状と検査データの不一致

結果を図に示します。

TCH-59の患者においては、
入院7日目には病態はなくなりましたが、
通常法(緑色のバー)では
退院直前の入院10日目まで
入院初期と同等の高濃度の新型コロナ遺伝子(RNA)が
検出されています。
これは壊れたウイルス由来のRNAも一緒に
測ってしまうためであると考えられます。

病態がないにもかかわらず、高濃度の
RNAが検出されるといった、
このような臨床症状と検査データの不一致は
時として病院に混乱を招く恐れもあります。
偽陽性判定がもたらす混乱ともいえます。

一方、SGNP法(青色のバー)では、
5日目以降は新型コロナ遺伝子(RNA)が
検出されておらず、患者の病態を
よく表している擬陽性のない検査と
なっていることが示されました。

このように、入院患者のPCR検査は
現場の混乱を招いてしまうことも
あるため、推奨されないとされています。

しかし、入院患者の検査は重要だと思います。

唾液中の新型コロナ遺伝子(RNA)量と病態

次に、別の症例を(TCH-61)をお示しします。

この症例では入院翌日の唾液からは、
通常法ではRNAを検出できませんでした。

一方、SGNP法は通常法よりも濃縮度が
高いため、陽性となりました。

この患者は日ごとに病態が悪化し、
入院8日目には新型コロナの専門病院へ
転院されました。
病態の悪化に伴い、唾液中のRNA量が
多くなっていく様子は通常法でも観測されて
いますが、入院初期の検査がなければ、
この変化をタイムリーに追えなかったかもしれません。

まとめ

インフルエンザの検査を
イムノクロマト法で実施する場合は、
常に偽陰性の疑いを持って診断を行う
必要があり、繁忙期に負担がかかります。
しかし、PCR法で検査ができると、その疑念を解消する一定以上の
解決策となります。

糖鎖金ナノ粒子法(SGNP法)によって、
唾液でもインフルエンザの検査が行うことができ、
また感染性のあるウイルスのみを
高感度で測定することが可能になります。

唾液で検査ができるということは、患者の
負担が減るだけではなく、検体を採取する
医療者が飛沫を浴びる危険性も減少させることが
できます。

PCR検査を導入し、早期にインフルエンザと
COVID-19を鑑別して適切な治療介入を行うことで、
病状の悪化を防ぎ、感染拡大を抑制する一助に
なるものと考えております。

執筆:鹿児島大学大学院理工学研究科 特任教授 隅田 泰生 先生

前編はこちら
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【前編:鹿児島大学 隅田泰生 先生監修】PCR検査とは?イムノクロマト法との違い

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